岡山県・倉敷美観地区の一角に、静かに佇む宿「撚る屋」(よるや)。宿泊施設の少ないこの地に、地域の記憶とともに再生されたこの宿には、観光地にありがちな喧騒とは無縁の穏やかな時間が流れています。全13室。スタッフはチェックインから料理提供、客室清掃までを一貫して担い、日々ゲストと向き合っていました。「土地の声を聞く」という独自の宿づくりの哲学を大切にしながら、空間、料理、人材のすべてに“調和”を求める姿勢は、地域型宿泊業の一つの理想形ともいえます。今回は、運営を手がけるNaru Developmentsの上沼佑也さんに、撚る屋が生まれた背景や、宿を支える人々の働き方、そして“倉敷で宿を営むこと”の意味について話を伺いました。撚る屋が始まった理由——この建物が宿泊施設になった背景を教えてください。もともとは、明治期に栄えた呉服屋の別邸として建てられた建物で、築110年以上の歴史を持っています。風格ある佇まいと美しい意匠を残したその建物は、やがて旅館として生まれ変わり、30年以上にわたって地域の人々や観光客に親しまれてきました。長らくこの街に根ざし、訪れる人の記憶の中に残る存在でしたが、近年は使われなくなり、空き家として静かに時を重ねていました。倉敷という街全体にも、長らく抱えてきた課題がありました。それは、宿泊者が少ないということ。多くの観光客は、岡山駅から足を伸ばして美観地区を日帰りで訪れ、夕方にはまた大都市へ戻ってしまう。倉敷に「泊まる」という選択肢が、旅の中に組み込まれにくい状況だったんです。でも、この町の本当の良さは、夜にもあると感じています。観光客の波が引き、人通りが少なくなったあとの静けさの中に、ふと現れる灯り。白壁の町並みにしっとりと溶け込むようにしてともる光に、過去の時間がそっと浮かび上がってくる。泊まってこそ味わえる、そんな倉敷の魅力があるんです。一方で、倉敷にはビジネスホテルはあっても、特別な人を迎えるような宿や、デザインや体験を重視した宿泊施設は少ない。都市から大切なゲストを招く際の「受け皿」が不足している、というのもこのエリアの大きな課題でした。この建物は、美観地区の中でも特に広さのある空き家でした。何かに使いたいという声は以前からあったと聞くのですが、「宿にしたい」と強く思ったのは、建物の持つポテンシャルと、地域に宿泊体験を必要とする流れが重なったからだと感じています。プロジェクトの全体統括を行う株式会社Kiraku(以下、Kiraku)の「町のためになる宿をつくりたい」という思いから始まり、私たちのチームとの連携でこのプロジェクトが本格的に動き出しました。地域の課題と、建物の魅力、そして人の思い。それらが重なったのが、撚る屋のはじまりでした。SIMPLICITYとの空間づくり——空間デザインにはSIMPLICITYが関わっているとのことですが、どのようなやり取りがありましたか?空間づくりは、単なる内装や設備の設計ではなく、この宿で過ごす“時間の質”をどう作るか、ということでもありました。Naru(Naru Developments)としては、ベッドのサイズや高さ、生活動線や設備の配置といった実用面の条件をまず提示しました。それをどうデザインとして空間に落とし込むかを担ってくれたのが、SIMPLICITYでした。打ち合わせを重ねる中で印象的だったのが、意見のすり合わせというよりも、感覚の“重なり”が多かったことです。たとえば、古い建物が持つ空気を大切にし、むやみに取り壊さず、できるだけ既存の素材や構造を活かすこと。そのうえで、新たな要素を丁寧に重ねていく。その感覚は、私たちとSIMPLICITYの間で自然と共有されていたと思います。——特に印象に残っているのはどの空間ですか?一番印象的だったのはダイニングの空間です。当初は「個室を設けるべきか」という話も出ましたが、私たちはあえて“コの字型”のカウンターのみで構成するレイアウトを提案しました。潔く、開かれた場にしたかったんです。もともと、この建物の色味には深みがあり、陰影がとても美しい。そこに暗い色を基調としたデザインを加えると、空間全体がピリッと引き締まって、ある種の緊張感が生まれます。ただ、それだけだと「硬さ」が出すぎてしまう。だからこそ、タペストリーのアートや、左右非対称の曲線を描く手仕事によって生まれた工芸品など、“柔らかさ”や“愛嬌”を宿すものを、建築にあえて織り交ぜるようにしました。「もしSIMPLICITYがこの素材を選ぶなら、こっちはこんな色を合わせよう」というように、まるで即興演奏のように、お互いの出方を見ながら形づくっていく感覚でした。少し崩したり、意外性を加えたりすることで、空間全体のバランスがすごく面白くなっていった。撚る屋の空間が持つ“奥行き”は、そういうプロセスの中で自然と生まれてきたように思います。「料理宿」としての撚る屋——料理にフォーカスした宿にしようと考えたのは、どのタイミングだったのでしょうか?それはもう、最初の企画書を書いた段階から決めていました。「倉敷に宿をつくる」となったとき、温泉のような圧倒的なコンテンツがあるわけではないし、建築だけで集客するのは果たしてこの街らしいのかと考えていました。では、人の心を動かす“体験”として何を軸に据えるべきかと考えたとき、やはり「料理」しかないという結論に至ったんです。食というのは、土地の文化を最もダイレクトに感じられる手段でもあります。県外や国外からわざわざ足を運んでもらうための“目的”として、料理は非常に強い。それに、Naruのチームにも食に詳しい人や、料理を本気で愛しているスタッフが多かったというのも大きな理由です。全体統括のKirakuも、私たちが運営している「福田屋」に実際に足を運んでくれて、料理や空間、サービスの在り方を評価してくださった。そこで「このプロジェクトも任せたい」と言っていただきました。最初から「倉敷に人を呼ぶには、食しかないよね」という認識は、僕たちとKirakuの間で自然と一致していたんです。——宿のコンセプトに料理をどう合わせていったのでしょうか?難しさはありましたか?料理長が決まったのは、実はプロジェクトがかなり進んだ段階で、開業の半年前くらいです。それまではチーム全員で「誰に頼むべきか」を考え続けていて、信頼できる人を人づてに探していました。最終的に出会えた料理長に、僕自身が直接企画書を持っていって「撚る屋でやりたいこと」を伝えました。キーワードとして伝えたのは“調和”。モダンな空間で提供する伝統性の高い日本料理——つまり、伝統をきちんと継承しつつ、現代的なセンスで再構築するという試みにチャレンジしたかったんです。日本料理の世界には、当然ながら「守るべき型」があると思います。でも、今の料理長はその型の重みを理解しながらも、「新しいことに挑戦することが面白い」と感じてくれたのです。京都や大阪といった本場で修行してきた方ですが、「倉敷という新しい土地でやってみたい」と言ってくれたのが本当に嬉しかったですね。料理は、基本的には前菜から椀物、お造り、焼き物…といった日本料理の王道の流れを踏襲していますが、器には地元の作家によるモダンさも感じる器を使用しています。料理そのものは伝統的でありながら、見せ方や演出で“今の空気”を纏わせる。そのバランスをどう取るか、という部分に僕たちはとても時間をかけましたし、今でも料理長とも密に話し合いながら進めています。撚る屋の働き方——スタッフの働き方について教えてください。私たちのスタッフは全員、チェックイン対応から料理の提供、客室清掃や在庫管理まで、すべてをマルチに担当しています。いわゆる「担当制」ではなく、ひとりひとりが宿全体の運営を支えるというスタンスです。これは採用の時点でしっかりと説明していて、「いろんなことに関わりたい」「自分の役割を超えて挑戦したい」という人に来てもらっています。全13室という規模だからこそ、そういうチームでないと運営が成り立たないというのもありますが、もう一つの理由は“距離感”なんです。撚る屋はホテルではありません。もっと生活に近くて、どこか懐かしい距離感を持った宿です。お客様とスタッフというより、“人と人”の関係が築ける場所を目指しています。だから、フロントで対応していたスタッフがそのまま料理を運ぶ。それをあえてやっているのではなく、ごく自然な流れとして行うようにしています。——開業して、印象に残っている出来事はありますか?オープンしてまだ4ヶ月も経っていないのに、すでにリピーターの方が何組かいらっしゃって、お茶菓子をお土産に持って来てくれることです。「また来ましたよ」と笑顔で戻ってきてくれるその姿が、本当に嬉しくて。あれはもう、まさに“旅館の原風景”だなと感じています。そういうことが起こるのは、スタッフとお客様との間に良い意味での“にじみ”があるからだと思っています。マニュアルがきっちりあると、確かに安全だし安心ですが、時として一歩踏み出すのが遅くなってしまうこともある。でも、「自分の家に来た人が体調を崩したらどうするか?」という感覚で動けるスタッフが多いのは、今のこのチームの良さだと感じています。もちろん、全員が宿泊業の経験者というわけではありません。でもだからこそ、マニュアルや業界の常識にとらわれずに、お客様に向き合える場面も多い。実際に、お客様の記憶に残るようなサービスがすでにいくつも生まれているように感じますし、それは私たちがチャレンジしているからこそ起こせているのだと思います。地元と移住者、異なる価値観の共存——働いているのは地元の方が多いのでしょうか?そうですね。正社員で言うと半分くらいが地元出身で、パートスタッフを含めるともう少し地元の比率は高くなります。ただ、県外からの移住者も少なくありません。わざわざこの土地に住むことを選んで、ここで働きたいと思って来てくれた方たちです。一方で、地元の人たちには、この土地のことを当たり前のように知っている強みがあります。たとえば、季節の食材の話、風土や方言、あるいは「この場所には昔こんな人が住んでいてね」みたいな、地図には載らないような話。それが、ゲストにとっては新鮮な学びや感動につながったりもします。ただ、価値観の違いからすれ違いが起こることももちろんあります。たとえば、移住者の方は他言語が堪能なことも多いので、観光客との接点では力を発揮しやすい。でも、それが逆にプレッシャーになってしまう場面もある。でも僕たちは、そういった違いがあるからこそ、お互いに補い合える。どちらか一方では成立しない宿だと思っています。採用で大切にしている“人となり”——働く人の共通点や、採用で重視していることはありますか?明確な“共通点”というのは、実はあまりないんです。経歴も、出身地も、年齢もバラバラ。ただ、ふり返ってみると、一つだけ共通していたのは「もてなすことが好きな人」だったように思います。特に印象的なのは、面接で「最近どんな時間を過ごしましたか?」と聞いたときに、「この前、友達が家に遊びに来て…」と楽しそうに話してくれる人。そういう方は、お客様に対しても自然にいいサービスができると考えています。宿泊業の経験があるかどうかよりも、「誰かを招くことが好きかどうか」のほうが大切だと思っています。サービスの質というのは、単なる技術やマナーでは測れない部分があります。たとえば、お客様が困っていそうなときに“あと半歩”前に出られるか。その感覚は、教えられてできるものではなく、その人自身が持っている温度感や優しさに近い気がしています。だからこそ、私たちは履歴書以上に、その人の“話し方”や“考え方”を重視しています。「土地の声を聞く」という宿づくり——働くうえで大切にしている価値観があれば教えてください。私たちNaruのメンバーには、「土地の声を聞く」という考え方があります。これは、Amanをつくったエイドリアン・ゼッカさんの哲学から学んだもので、宿づくりの根本にあるべき姿だと考えています。宿というのは、ただ泊まるだけの場所ではなく、その土地の文化や歴史、気候や風土、そして人々の営みを“感じてもらう器”のようなものです。だからこそ、快適さやサービスだけでなく、「体験」として何を提供するかをすごく大事にしています。——「土地の声を聞く」とは、具体的にはどういうことなのでしょう?少し感覚的な話にはなりますが、私たちのチームでは「仮託(かたく)する」という言葉をよく使います。たとえば、この建物に100年前に住んでいた人は、どんな暮らしをしていたのだろう。どんな音を聞いて、どんな香りを感じていたのか。そういう想像力を働かせて、建物そのものだけではなく、その背景にある“気配”に耳を澄ませるようにしているんです。倉敷には、大原美術館をつくった大原總一郎のような偉人もいます。ですが、私たちは史実に残らなかった“名もなき人々”の暮らしも大切にしています。たとえば、この場所にはかつて呉服屋があって、日々どんなやり取りが交わされていたのか——そういった想像を、建築や料理、接客のなかに自然と織り込んでいく。それは、ブランド名を統一しないという私たちの方針にもつながっています。Azumi Setodaも、福田屋も、撚る屋も、それぞれに違う名前を持っているのは、土地が違えば宿のあり方も異なると考えているからです。すべての施設に共通しているのは、「その土地に耳を澄ませる」という姿勢だけ。それが、Naruの宿づくりの核にある哲学です。文章・編集:田中幹人写真:田中幹人(一部の写真をご提供いただきました)hoteltree(ホテルツリー)は、働きたいホテルが見つかる求人サイトです。宿泊業界の離職率は約30%。入社する理由と、続けられる理由は異なると考えています。続けられる理由まで考え、ホテル業界の取り組みや支配人の想いを紹介していきます。ミスマッチを減らすことを目的に、誠実なホテルと宿泊業を志す人々、それぞれに真摯に向き合っていきます。