「南阿蘇フィールドホテル」という、宿泊施設が2026年5月30日に新規開業しました。” フィールドホテル ”という聞きなれない言葉と南阿蘇の豊かな自然の中に現れるトレーラーハウスとドームテントの写真に興味を持ったのが取材依頼をお送りしたきっかけでした。運営している会社は有限会社コロンという鹿児島県に本社があるWebコンテンツの企画・制作やクリーンエネルギーなどを手掛ける会社。その会社がなぜアウトドアリゾートを始めたのか?様々な疑問を持ちながら取材をしてみると、今まで宿泊業をしてきていなかったからこそ実現できた、価値観や運営の姿勢がありました。今回はフィールドホテル事業・エリアマネージャーの鳥居崇史さんにお話をお伺いしました。宿泊業は未経験でも人に喜んでいただきたいという想いは負けない——有限会社コロンはどのような会社でしょうか。もともとはインターネット関連の事業を中心にやっていました。広告事業もそうですし、アプリ開発なども手掛けています。そのほかにも、北海道ではウィークリーマンション事業、九州では太陽光や不動産事業など、幅広く展開しています。フィールドホテルの一施設目である鹿児島県の「吹上浜フィールドホテル」を始めるまでホテル業についてはまったく経験がありませんでした。実は最初のきっかけは、創業者が昔から持っていた「みんなの村構想」なんです。老後に気の合う仲間たちが集まって暮らせる場所をつくりたい。ペットも連れてきて、自分たちで畑をやったり、生産活動をしたりしながら暮らしていくような場所ですね。そんな構想を持っていた中で、鹿児島のいちき串木野市で国民宿舎が閉館するという話がありました。市の方から「ホテルをやってみませんか」というお話をいただいたんです。創業者にとっても幼少期を過ごした地域でしたし、鹿児島で事業をさせてもらっている会社として、地域に何か残せることがあるんじゃないかと考えたことが始まりでした。それが吹上浜フィールドホテルです。——ホテル未経験でのスタートだったと思いますが、不安はありませんでしたか。もちろん不安はありました。ただ、自分たちの強みは何だろうと考えた時に、接客技術や宿泊業のノウハウではないと思ったんです。そういう部分では、老舗旅館やホテル会社には敵いません。でも、「想いの量」だけは負けないと思いました。お客様に楽しんでいただきたいという気持ちや、この場所を良くしたいという熱量は、経験とは関係なく持てるものです。吹上浜フィールドホテルはアウトドア施設のような位置づけでスタートしたのですが、開業前にいろいろな施設を見て回る中で、自分たちの価値観にも合っていると感じました。アウトドア施設はお客様との距離感が比較的近く、スタッフも良い意味でカジュアルです。そういう雰囲気が自分たちには合っていたんですよね。接客技術ではなく、人を喜んでいただきたいという思いで勝負できる部分があると感じました。Web事業で培った力をホテルに活かす——「想いの量は負けない」という考え方は、会社の文化としてもともとあったのでしょうか。そうですね。インターネット事業をやっていると、お客様の顔が見えないことも多いんです。企業向けの仕事も多いので、その先にいる利用者の顔が見えない。だからこそ、お客様からいただく声をすごく大切にしてきました。いただいた意見を全部実現するわけではありませんが、できるものは変えるし、自分たちに合わないものはやらない。そういう判断を繰り返してきました。相手の声を聞きながらサービスを良くしていくという考え方は、宿泊業でも同じだと思っています。宿泊事業を始めたことでさらに考え方や価値観が変わった。ホテル事業は利益率だけを見ると決して効率の良い事業ではありません。労力もかかりますし、投資回収にも時間がかかります。でもとても面白い。お客様の声が直接届きますし、人と向き合う機会が圧倒的に増えます。宿泊業って、お出迎えからチェックアウトまで一人のお客様と長い時間を共有しますよね。夕食もあれば、体験コンテンツもあるし、お風呂も、朝食もある。その中で、お客様ごとに接し方も変わります。サービス業の中でもかなり奥深い仕事だと思っています。だから、社内でも「ホテル事業って面白いよね」という空気はありますね。社内の他の事業と比べても人との接点が特に多いですから。——フィールドホテルという名前には、どのような意味があるのでしょうか。最初からグランピング施設をやりたいというわけではなかったんです。当時はグランピングブームでしたが、一過性の流行に乗りたいわけではありませんでした。そんな時に参考にした施設の中で「フィールドスイート」という考え方に出会ったんです。自然の中にいながら、ホテルとしての快適性も提供する。その考え方がすごく自分たちに近いと感じました。グランピングという言葉だと、どうしても体験の幅が限定されてしまう。でも「フィールドホテル」であれば、アウトドアもできるし、ホテルとしての快適性も追求できる。その方が自分たちらしいと思ったんです。だから今でも、アウトドアリゾートでありながらホテルでもあるということを意識しています。客室の備品一つとってもそうですし、少しでも快適に過ごしていただけるように改善を続けています。ホテルではなく南阿蘇を目的地にしてほしい——南阿蘇フィールドホテルは、行政からお話があったことがきっかけだったそうですね。最初にこの土地に来た時はどのような印象だったのでしょうか?吹上浜フィールドホテルがオープンしてから数年経った頃、いろいろな地域からお声がけをいただくようになりました。ありがたいことに施設のことを知っていただける機会が増えて、「この地域でもやってみませんか」というご相談をいただくことがあったんです。ただ、その頃の僕たちはまだ1施設目で手一杯でした。ホテル運営の経験も十分ではなかったですし、正直なところ2施設目を考える余裕はありませんでした。そんな中でお話をいただいたのが南阿蘇村だった。最初に現地を見た時の印象としては率直に言うと、「簡単な案件ではないな」でした。もともとこの場所には温泉施設があって、熊本地震の影響などもあり閉館していたんです。長い間使われていなかった施設だったので、当然改修も必要でした。実際、他にも候補地はありましたし、事業として考えるともっとやりやすそうな場所もあったと思います。だから最初は、「本当にここでやるのか」という気持ちもありました。ただ、創業者が「ここでやろう」と決めたんです。決め手は明確な数字だけではないと思います。でも、少なくとも短期的な投資回収だけで考えていたら選ばなかったと思います。南阿蘇という土地の魅力や可能性に惹かれた部分が大きかったですね。あと、閉館していた温泉施設を再び地域の方に使っていただける場所として再生することにも意味があると感じていました。20年続けて初めて回収できるかもしれない。それくらい長い目線で考えないと成立しないプロジェクトだと思っています。——吹上浜フィールドホテルで学んだことは、南阿蘇でも活かされていますか。かなり活かされています。例えば焚き火を中心にした過ごし方や、アウトドア空間の使い方、お客様との距離感などですね。吹上浜で試行錯誤して良かったものは、南阿蘇にも取り入れています。もちろん土地が違うので、そのまま持ってくるわけではありません。でも、お客様アンケートから学んだことや、実際の運営の中で得た知見は大きかったですね。特にお客様の声は今でも大事にしています。自分たちが良いと思っていることと、お客様が喜ぶことが必ずしも一致するわけではありません。だから現場でいただいた声をしっかり拾って、改善を続けています。現場スタッフの多くは南阿蘇周辺の方々ですが吹上浜の立ち上げを経験したメンバーが移ってきてくれたケースも。今は20代のスタッフが中心で若いメンバーが多いので、エネルギーがあります。その一方で、考え方や価値観をどう共有していくかという難しさもあります。そういった意味で現在の一番の課題はクレドの浸透ですね。スタッフはみんな本当に良い人たちです。でも、お客様が何を求めているのかを想像して行動できるようになるには時間がかかります。例えばチェックインが15時だとして、14時に来られたお客様がいる。その時に「まだチェックインできません」と言うのか、「お部屋には入れませんが手続きは先にできますよ」と言うのか。同じルールでも、お客様の受け取り方は大きく変わります。そういう判断が自然にできるようになることが大切だと思っています。設備や建物はお金をかければ整えられます。でも、文化や価値観は時間をかけて育てるしかありません。だから今は、施設をつくること以上にチームをつくることに向き合っている気がします。——南阿蘇らしさはどのように施設へ取り入れているのでしょうか。一番わかりやすいのは食材ですね。できるだけ地域の食材を使いたいと思っています。でも、それだけではありません。南阿蘇には独特の風景があります。山があって、水があって、お米が美味しい。この景色や空気感そのものが南阿蘇らしさだと思っています。だから施設の中だけで完結するのではなく、南阿蘇村という地域全体を楽しんでもらいたい。僕自身、南阿蘇に通うようになって本当にこの地域が好きになりました。知り合いも増えましたし、地域の方々の魅力にも触れました。なので最終的には「南阿蘇に来て良かった」と思ってもらいたいですね。だからこそ、僕たちの施設を目的地にしてほしいというより、この地域を楽しむための一つの手段として利用していただけたら嬉しいです。南阿蘇という場所を好きになってもらう。そのきっかけをつくれる施設になれたらと思っています。——アウトドアらしさとホテルとしての快適性を両立するために意識していることはありますか。一番大きいのは、備品の充実と劣化への対応ですね。アウトドア施設は、普通のホテルよりも圧倒的に設備が傷みやすいんです。椅子やテーブルも屋外にありますし、雨風にもさらされます。今日来たお客様にとっては綺麗な設備でも、半年後や一年後のお客様にとっては違う状態になっているかもしれません。だから常に確認して、直して、改善していく必要があります。実際、家具選びもまだ答えがあるわけではありません。どの素材がいいのか、どのメーカーがいいのか、どこまでコストをかけるべきなのか。全部試しながらやっています。あえてイノベーターにはならない戦略——これまでの事業経験が、現在の施設運営にも活きているのでしょうか。活きていると思います。ただ、自分たちが特別なことをしているとは思っていません。僕たちが大事にしているのはクレドにも書かれてある二つです。一つは成功事例をしっかり見ること。会社としては「See Think Do Follow」という言葉にしていますが、世の中にはすでにたくさんの成功事例があります。自分たちがゼロから新しいものを生み出そうとするより、まずはうまくいっているものを学ぶ方が合理的だと思っています。実際に現地へ足を運んで、自分たちの目で見て確かめることも多いです。もう一つは、お客様の立場で考えることですね。クレドの中で”私達が大事にしていること”の中で一番最初に書かれているのが「お客様を慮ること」という内容です。初めていらっしゃったお客様はどのようなコミュニケーションを取れば安心していただけるのか。結局、サービスは相手がどう感じるかです。自分たちが良いと思っていても、お客様に伝わらなければ意味がありません。だからこそ、常に相手の立場で考えることを大切にしています。例えば南阿蘇フィールドホテルの中には日帰りでもご利用いただける温浴施設「木の香湯」がありますが、このような施設は多くの日本人が利用をしたことがあるので、サービスの流れをある程度わかっています。反対にアウトドアリゾート施設は体験したことが無いことも多い。なので、どうやってチェックインするのか、どのように食事するのかなどお客様が分からないことがたくさんある。そういった状況でゲストが何を求めて、何に不便を感じるのかなどまさにお客様を慮る必要があります。イノベーターにならず、成功事例をちゃんと学習する。その上で目の前のお客様を慮ったコミュニケーション、サービスを作っていく。この2点が今までの事業経験を活かしていることです。南阿蘇フィールドホテルは開業したばかり。この南阿蘇という素晴らしい場所をさらに多くの方が訪ねていただけることを願って長期的な視点で運営をしていきます。Webサイト:https://mf-h.jp/取材を終えてこの数年、他業界の会社によるホテル事業参入が増えました。私自身もそういったタイミングで事業のご相談を受けることがあります。その時に、いままでの業界の考え方や価値観が強すぎると、「ホテル」というビジネスにはなかなか合わないという場面も見てきました。ですが、有限会社コロンはいままでの事業経験がうまくフィールドホテルに活かされています。それは会社として特に大切にされている二つの内容、「See Think Do Follow」「お客様を慮ること」というのが、どの業界でも必要な考え方だからです。その結果、一施設目の吹上浜フィールドホテルはアウトドア施設にも関わらず年間を通しても稼働が80%を超えています。短期ではなく長期的な視点で運営する、良い事例をちゃんと研究して、自社に活かす。目の前のゲストに喜んでいただけるよう相手を慮って行動する。どれも大切で、基本的なことをしっかりと取り組む姿を取材を通してお伺いすることで私自身も勉強になりました。そんな有限会社コロンや南阿蘇フィールドホテルの取り組みは他業界の方でホテル業を新たに始めるという方にこそ、参考になるのではないでしょうか。取材・文章:田中幹人写真:田中幹人(施設写真はご提供いただきました)