バブル崩壊と共に一度は廃れてしまった静岡県の熱海市。ところが近年、若者に人気の観光地として再生を遂げています。もう一度同じ失敗をしないように試行錯誤していて、熱海を訪れる人の属性や訪れる理由が変わってきています。熱海再生のきっかけとなっているお宿『guest house MARUYA』。今回はマネージャー 杉山 貴信(すぎやま たかのぶ)さんに、再生の歩みや宿の在り方、今後の取り組みについてお伺いしました。『100万人が1回だけ来る街ではなくて、1万人が100回来る街』──どんなコンセプトのお宿なんでしょうか?“まちやど”という形態で宿を運営しています。熱海の街全体を宿と考えていて、泊まる場所はguest house MARUYAで、温泉やご飯を食べる場所はそれぞれのゲストに合わせてお勧めしていく。「こんな面白い方がやっているお店なんですよ!」と紹介していって、熱海の街全体を楽しんでもらいます。会社の目標として、熱海を『100万人が1回だけ来る街ではなくて、1万人が100回来る街』にしたいと思っています。同じ100万でも、楽しみ方がたくさんある宿を目指したい。──すごくいいフレーズ!普通のゲストハウスに比べて、まちやどにすることでどんな効果がありますか?リピート率は高いですね。一般的なゲストハウスではスタッフに会いに来ることがあると思うんですけど、うちの場合はそれに加えて街の人に会いに来る方も多いんです。──街や住民の魅力を伝えるためにやっていることはありますか?街歩きマップを作っています。歴史あるお店や普通に調べても出てこないようなお店など、細かく案内できるようにしていて、中には前回来た時のマップを持ってきてくれて、また使ってくれる方もいます。あと熱海は温泉のイメージが強いので、温泉と提携して割引で入れるMARUYA限定チケットを作っています。別府温泉などが行っているような、複数の温泉をホッピングしていくイメージです。──宿泊プランにもguest house MARUYAさんらしさが出ているものがありますよね。スタッフの色を出したプランもあるし、街自体を楽しめる街歩きプランもあります。うちのスタッフが熱海の街を一緒に歩きながら、街のお店を紹介していく。歩きまわる中でスタッフの魅力も伝わるし、偶然街の人にあってどんどん繋がりができていくんです。実際に歩かないとここまで来なかったというお声や、紹介してもらったから安心してそのお店にまた行けると言ったお声をいただけます。街の人の意識を変えて熱海を再生──guest house MARUYAさんといえば、会社の歩みと熱海の街の再生の歩みがリンクしているのがとても面白いですよね。これまで会社でどういった取り組みをして、街にどんな変化がおこっていったのかお伺いしてもいいですか。うちの代表は熱海出身で、小さい頃に盛り上がっていた街がバブル崩壊とともに廃れていったのを間近で見ていた。その現状をなんとかしたいと2011年に株式会社machimoriを立ち上げ、まずこの銀座通り商店街から変えていこうとカフェを始めたんです。カフェだと人の集まりが起きても一時的な滞在だけで終わってしまうので、より長く滞在してもらえたらと2015年にguest house MARUYAを開業。最初に作ったカフェを宿の一階に移動して、MARUYA Terraceという名前で再開しています。そこから徐々にこの銀座通り商店街が変わっていった。最初は十店舗以上シャッターが下りていたんですけど、最終的に全てのお店が開いたんです。現在は商店街の建物の2〜3階が使われていないということで、『ロマンス座カド』や『Kiten - slow & work stay -』といった2店舗目、3店舗目のお宿を作って運営しています。──街のフェーズによって打ち手を変えているんですね。住んでいて、街が変わってきたなって感じますか?僕が熱海に来たのが2018年なんですけど、その頃にいたスタッフですら「若い人が多くなった」と言ってました。そして僕がきた2018年以降も若い人が増えているのを感じます。それこそ2018年に熱海プリンができたり、新しい海鮮のお店もできました。街の雰囲気は常に変わっています。──街の再生をしようにもあまり上手くいっていないところもありますよね。街の再生ってどういったことから始めるんですか?2011年頃は観光客が熱海に来て「何したらいいですか?」と聞いても、街の人は「何もないよ」って言っちゃうことが多かったんですよね。うちの代表も熱海に何があるのか知らなかったと言ってましたし、誰も街の魅力を知らなかった。そこに気づいた代表が、観光客向けになにかやるんじゃなくて、熱海の街の人向けに意識を変えていく取り組みを始めました。『オンたま(熱海温泉玉手箱)』という事業を作った上で、熱海は干物が有名なのでみんなで干物を作るイベントをやったり、喫茶店が多いから喫茶店をいろいろ巡ってみる企画をしてみたり。他にも『あたみナビ』というメディアの運営をして、熱海の観光・生活に役立つ情報の発信もやっていました。街の人が熱海の街の魅力に気づいていって、次第に「熱海の街に何がありますか?」って聞いたら、「あそこがいいよ!」と言って、自分たちで熱海の街を紹介してくれるようになっていったんです。──街の人たちは最初から協力的だったんですか?街づくりしやすかったかと言うと、そうではなかったみたいです。最初の頃は、反対まではいかないけど「どうせ上手くいかないよ」といった悲観的な意見が多かったそうです。最近ではそう言っていた人たちからも、「よくやっているね」と言ってくれるようにはなっています。──そういった雰囲気の中で協力を取り付けたり、商店街のお店が開いていったのは地道なお声がけからですか?そういうのもありますし、例えば熱海プリンの社長さんは「machimoriの代表がそういうのやってるんだったら僕も協力するよ」みたいな流れだったと聞きました。他にも、会社で“RoCA”というシェア店舗を運営していて、その中の1つにcaffè bar QUARTOというコーヒー屋さんがあります。もともと横浜で暮らしていた方が運営しているんですけど、事業を開始したい人向けの研修プログラムを実施した時に参加してくれた方なんです。実際に事業をやりますとなって、熱海に移住しお店を開業されました。──そういう種まきがしっかり花開いていっているのは本当にすごいですね。“若者が来てる街”ではなく、“若者が楽しんでる街”を目指す──その後街が大きく再生していくにあたって、何かきっかけはあったんですか?なんですかね、あんまり街づくりをやってる感覚がなくて。いろんなことへ挑戦し続けることが、結果として街づくりにつながっているのかもしれないです。新しい宿を運営することもそうだし、いろんな新しい仕掛けを作っていく。例えば、会社として新規事業部を立ち上げ、社会共創事業部といって、熱海の地域課題を題材に都内の企業を呼んで、どう解決していくかの研修プログラムを作っています。企業にとっても育成に繋がるし、熱海の街にとっても課題解決の新しい発見になる。──今後どんな取り組みをしていく予定ですか?もう少しゲスト目線の熱海の楽しみ方を発信していこうと思っています。例えば「熱海 ランチ」で調べると、「おしゃれな熱海のランチ10選」とか「インスタ映えするカフェ8選」という記事ばかり出てきます。でもそういうのを紹介してるのは都内の大きい会社で、熱海にいる身からすると情報が不十分なんですよね。面白くないところの紹介があったり、つまらない切り取り方をされている。そうじゃなくて、もっと熱海の人の顔が見えるメディアを作りたい。内側の視点から、安心して行ける場所や満足して帰ってもらえるような場所の発信をしていこうかなって思っています。──確かに消費されやすい切り取り方をされると苦しいですよね。再生と衰退が繰り返されてしまう。最近、熱海は若者に注目されている街と言われることが多いんですけど、若い観光客が多い!みたいな取り上げられ方をされています。でもそれって一過性で終わってしまう。熱海で働いている若い人達には面白い人達が多い!ってことも発信していきたいんです。うちのスタッフでも、宿がお休みの日に自分のお店を開く人だったり、スポーツのコミュニティやヨガの企画をやっている人がいる。“若者が来てる街”ではなくて、“若者が楽しんでる街”というイメージになると熱海としてもいいのかなと思っています。──今後やっていく予定のメディアで、熱海の面白い人や面白いお店を紹介していく?そうですね。『100万人が1回だけ来る街ではなくて、1万人が100回来る街』を目指した時に、ファンを作っていかないといけない。ファンを生み出すためには、人の顔が分かるメディアであるべきなのかなと思ってます。最初は“ファン”として関わり、次に街に何かあれば関わってくれる“サポーター”がいて、最後に熱海へ移住や事業を行う“プレイヤー”がいる。そういう人を生み出すのがうちの会社のゴールになります。これほど面白い人が集まる街はない──住んでみて改めて感じた熱海の魅力って何がありますか?僕の視点では、人だと思います。これほど面白い人が集まる街はないんじゃないかな。都内からも来やすいし、もともと観光で成り立ってきたので外から来る人を受け入れる姿勢がある。僕自身も2018年に熱海に来てすぐ受け入れてもらえました。移住してきた方が多くて、一般の会社員の方はあんまりいないんですよ。自分で事業をやっている方や飲食店をやっている方など、なかなか会わないような人達が多くて刺激になります。──株式会社machimoriの組織も、人が魅力になっているのでしょうか?そうですね、変なやつが多いです(笑)みんな共通で持っているのは、人が好きだったりコミュニティが好きだったりする。旅をしてきてゲストハウスが好きな人もいるし、街づくりに興味がある人もいる。前職もみんなバラバラで、僕はもともと銀行で働いていましたし、介護職や営業、システム系の方も。みんなそれぞれのバックグラウンドを生かしながら、興味関心のカテゴリーも幅広いんです。──過去も未来もバラバラの人たちが、1つの宿でいろんな角度から街づくりに貢献している。そのこともゲストからしたらコンテンツになっていそうです。みんな仲が良くて、月に1回の休館日にみんなでご飯を食べるんです。ここのキッチンでみんなでご飯作って、その後ボードゲームで遊んだりする。何よりそれが自然発生的に生まれていったのがMARUYAらしい。──楽しそう!そんな多様な人たちを、マネージャーとしてはどのようにマネジメントしているんですか?僕はトップダウンで行うマネジメントが苦手なんですよね。基本的には相談から始まって、「これに悩んでいて、どうしたらいいですかね?」みたいな話から、その人に合ったやり方を提案していきます。日々その人との会話から、その人らしい考え方を見つける。ボードゲームもスタッフの1人がすごく好きということで遊び始めて、そこから宿泊プランを作る提案をしてみて、企画・販売までいきました。旅先であれば自分をさらけ出せる──採用ではどんな方を求めていますか?人と関わることが好きで、熱海も好きでいてくれたらなお嬉しい。今いるスタッフは自分で宿をやりたい人とか、何かしらパッションを持っている人が多いので、同じようにやりたいことがある人と一緒にやれたら面白いと思っています。というのも、ゲストもそういう話を聞けたらより楽しんでくれると思っているんです。そういう話って友達同士だとなかなかしないじゃないですか?でも旅先だとそういう話が自然に出る。そこからより関係を深めていけると思っているんです。──なるほど!今まで見えていない視点でした、確かに宿の強みですね。会社の空気が合わなくて辞めていった方とかもいるんですか?もちろんいます。ゲストとして来て熱海が面白いからといって働き始めた方が、コミュニケーションの部分が難しくてやめちゃいました。自分の意見をストレートに全部言ってしまうので、熱海の街の人たちが心配してくれることもありました。──街づくりはいろんな人と実行していくので、正しい正しくないではなくて、意図を汲めるとか空気を読めるみたいな能力が必要なんですかね?そうですね、そういうのが大事。自分の中でこうしたいがあったとしても、それを押し付けるんじゃなくて相手の立場を考えて言える方じゃないと難しい。──でも、いいですね。街全体でそういうことを言い合える関係ができているのは強い気がします。ただ緩やかに繋がっているわけではなくて、街のことを皆で本気で考えているからこそなのかなって思います。最後に、応募を考えている方に向けて何かあれば!スタッフは本当に面白い方が多いけど、会社としてはまだまだだと思っています。福利厚生もそうだし、職場環境に関して課題が多い。そこを理解して入ってきてほしいのはありつつ、より自分たちのスタイルに合わせて変えていける人が来てくれたら嬉しい。一般的な会社がこうだからこうしようという考えじゃなくて、うちの会社でうちのスタッフたちならこういうスタイルがいいよねと変えていきたい。それが例えばゲストに向けた新しいプランを作る時にも関係してくる。「他の宿がこれやってるからこれやりましょう」より、「こんなお客さんがいるからこんなプランを作りましょう」っていう考えが自然と出てきたらいいなと思っています。──ここでやる意味を常に考えているんですね。文章・編集:田中拓海写真:田中拓海hoteltree(ホテルツリー)は、働きたいホテルが見つかる求人サイトです。宿泊業界の離職率は約30%。入社する理由と、続けられる理由は異なると考えています。続けられる理由まで考え、ホテル業界の取り組みや支配人の想いを紹介していきます。ミスマッチを減らすことを目的に、誠実なホテルと宿泊業を志す人々、それぞれに真摯に向き合っていきます。