コンセプトは「旅の始まりから終わりまでを、フルコースにする、森のグラン・オーベルジュ」。軽井沢・御代田の森に佇むTHE HIRAMATSU 軽井沢 御代田は、「One Stay, One Full Course」のキーワードで、料理・空間・サービスのすべてを一体の体験として設計したグラン・オーベルジュです。その思想は、スタッフ同士の関係性にも。「挨拶をしよう」「敬意を持とう」──そんな小さな約束から始まり、信頼が生まれ、プロとしての誇りが育っていきます。それぞれが“自分の役割”を見出し、静けさの中に心を通わせながら働く現場。この森で重ねられる、丁寧なチームづくりをのぞいてみてください。滞在そのものをフルコースに——「旅の始まりから終わりまでをフルコースにする森のグラン・オーベルジュ」というコンセプトに至った理由を教えてください。もともと、ひらまつのホテル事業は、8室の賢島から始まりました。どの施設も“滞在するレストラン”=オーベルジュとしての出発点がありました。名前のとおり、どこも料理のクオリティにはこだわり抜いています。「美味しい料理を味わい、お酒を楽しみ、その余韻とともに、温泉などに入り、上質な空間で眠れたら本当に幸せ」──そんな幸福な時間を提供することが、ひらまつのホテルの原点です。ただ、フラッグシップとなる施設をつくるなら、それだけでは足りません。お料理と同じくらい高いクオリティの客室、そしてそれを支えるスタッフのサービス。三位一体の体験に加え、料理のフルコースのように、すべての時間を使って滞在をたのしんでいたくことが、ひらまつのホテルとしての完成形だと考えました。“グラン・オーベルジュ”という言葉には、ただの大型オーベルジュという意味だけではなく、滞在そのものをフルコースにするという構想が込められています。レストラン体験にとどまらず、TAKIBIラウンジやライブラリー、森の散策路、ヴィラのプライベートガーデンでコース料理を提供するフォレストダイニング、解放感のあるロビーで過ごす時間もすべてが「One Stay, One Full Course」という一つの流れとして設計されています。チェックインの前、予約をいただいた時点から、その「コース」は始まっている。そういう感覚をお客様と共有したいと思っています。たとえばアクティビティの一例に、標高2,000mの高峰高原を起点とするトレッキングがあります。浅間山の外輪へ向かうその道中、シェフ特製のサンドイッチとスープを持っていただき、山頂で味わっていただく──自然の中で“ひらまつ”を感じる瞬間です。自然に身を委ね、身体を動かし、五感を研ぎ澄ませたあとにレストランで料理をいただく。その一連の流れが、レストランではなくホテルだからこそ実現できる価値だと信じています。フランス料理・イタリア料理、40年の蓄積——ホテル内でフランス料理とイタリア料理、2つのレストランを運営するのはなぜでしょうかもともとはフランス料理のみで、コースとアラカルトの提供を行っていました。ただ、リピーターや連泊されるお客様が増える中で、「せっかくなら異なる料理も楽しんでいただきたい」と考えるようになりました。会社として40年にわたって培ってきた料理のベースが、フランス料理とイタリア料理でした。その蓄積された技術と知識を活かすのが、私たちらしいと考え、この2つの料理に決めました。比較的早い段階で、御代田に着任するシェフが社内で決まりました。プロジェクトが立ち上がってから数ヶ月後です。レストラン畑一筋のシェフだったので、ホテルという環境との違いに最初は戸惑いもあったと思います。ただ、半年ほど経つ頃には、ホテルという環境を理解し、スタッフとも信頼関係が生まれてきたように感じました。料理人とサービススタッフが相互にリスペクトし合うことは、連携の上で不可欠です。地元の生産者を自ら訪ね、旬の食材を生かしたコース料理を生み出す、立派なホテルレストランのシェフに進化しています。この御代田だけでなく、ひらまつのホテルレストラン全てをみる重要なキーパーソンです。──ホテル業界では料理人の確保が難しい中、社内に優秀な方がいらっしゃるのは強みですね。創業者の平松氏が、腕の立つ料理人を多く育ててくださったからだと思います。昨年、ひらまつのホテルをすべて巡りましたが、シェフそれぞれに個性がありながら、どこで食べても心が躍るような料理に出会えました。自社のレストランなのに、先日も家族とコース料理に夢中になりいつの間にか3時間も経っていました。ひらまつに入社するまでは、「高級レストランに行くのなら焼肉に3回行った方がいい!」とさえ思っていたのですが、今では”食の楽しさ”に魅了されています。やはり、ベーシックが守られているからこそ、奥行きのある味が表現できる。仕入れや仕込みの精度、発想の幅、温度の管理など、すべてに理由があるんです。私たちひらまつは「美しい味を、未来へ」というパーパスを掲げています。本物の料理人を育て、その技を次代につないでいく。それもひらまつの使命だと考えています。コロナ禍では、レストラン、ブライダル、ホテル、どの事業も大きな打撃を受けましたが、それでもこれだけの料理人とサービス人材を抱えていられる会社は多くありません。この財産を、しっかり未来へつないでいきたいと思っています。お客様と向き合って進化してきたTAKIBIラウンジ──TAKIBIラウンジが進化し続けていると伺いましたが、力を入れようと思ったきっかけは?一番の理由は、お客様の反応です。本当に楽しそうに火を囲んで過ごされている姿を見て、これは大切に育てていくべき場所だと思いました。キャンプブームの影響も多少はありますが、日常で焚き火を囲む時間はそうあるものではありません。特に都市部では難しい。自然の音に耳を澄まし、ただ火を眺める──そんな時間を求めている人が多いのだと実感しました。雨で中止になった日、「なんでやらないの?」とお叱りを受けたこともあります。「今日は楽しみにしてたのに」と、がっかりした表情が忘れられません。もともとは、あのスペースはテニスコートになる予定でした。でも、それでは“軽井沢らしさ”に留まってしまう。開業前に「やっぱりTAKIBIラウンジをやろう」と振り切ったのは、今となっては正解だったと感じています。最初は小さなテントからのスタートでしたが、今では世界のラグジュアリーリゾートで採用される南アフリカ製の「Tentickle Bespoke Luxury Tents」も導入。キッチンカーでは、ソムリエが手がけるヴァンショーやサングリア、季節のハーブティー、焼き菓子などをご用意しています。お客様の声に耳を傾けながら、私たちも向き合って進化してきた自慢の空間です。料理への信頼──料理とサービスの質向上に向けて、取り組まれていることはありますか?料理の世界に関しては、サービス側から口を出すのは簡単ではありません。以前勤めていたホテルでは、GM、F&B、宿泊ディレクターが揃って試食をし、意見を出し合っていました。ひらまつでは、もちろん私たちも意見は伝えますが基本的に調理場主導でメニューの改定が進められ、シェフたちにより料理が磨き上げられていきます。創業者から受け継いだレシピもありますが、それだけにとどまらず、素材から新しい料理を生み出す力がある。料理人というより、むしろアーティストに近い。工夫を重ね、妥協せず、新たな美味しさを追求している姿勢には、こちらも背筋が伸びます。だからこそ、サービス側もその仕事を信じています。確かな料理が出てくるという信頼があるからこそ、私たちも自信を持ってお客様に提供できる。調理とサービスは一つであるべきだと常に感じています。その信頼関係の上に立つからこそ、私たちも勉強を怠りません。料理、食材、ドリンク──わからないことはどんどんシェフに聞いて、ストーリーを正確に伝える努力をしています。誰もが自信を持ってテーブルに立てるように、最低限伝えるべき情報をまとめたSOP(Standard Operating Procedure)資料をつくりました。最初は、ベテランのサービススタッフの中に「そんなマニュアル的なことをやると、サービスが型にはまってしまい”ひらまつらしさ”が無くなってしまいます」という声もありました。でも、新卒のメンバーや派遣スタッフの方が、フランス語のレシピを読んですぐに理解できるわけではないんです。今ではその有効性が浸透し、ベテランスタッフも理解してくれています。ワインだけでも300種、3,000本を扱う御代田では、ソムリエによるワインやチーズの社内勉強会を開催していますし、丸鶏の取り分け方のような実演的な研修も行っています。挨拶から始まるチームビルディング──現場の雰囲気がとてもよく感じられましたが、最初からそうだったのでしょうか?実は開業初年度は、スタッフの人数も少なく、宿泊部門とF&Bの連携も取れていませんでした。挨拶すら交わさず、文句が飛び交うような状態で、正直、空気はあまりよくなかったんです。GMの打診を受けてから数ヶ月、私はずっと考えていました。「このチームに足りないものは何だろう」と。今までと同じことをしても、うまくいかないのは明らかでした。そしてGM就任後、まず全スタッフに15分だけ時間をもらい、4つのお願いを伝えました。1. 挨拶をしよう2. すべての人を尊重しすべての人に敬意をもって接しよう3. 「ありがとう」が溢れる組織にしよう4. 役職で呼ぶのはやめようとてもシンプルですが、根っこにあるのは「人を尊重すること」。これは食材を納品してくれる業者さんや客室を清掃してくれるメイドさん、荷物を運んでくれるヤマトのお兄さんまで、関わるすべての人が対象です。もちろん、役職はあっても上下関係ではない。名前で呼び合い、感謝の気持ちを言葉にする。そんな組織にしたかった。GMとして、自分一人ではホテルをつくれないということも率直に伝えました。だから、シェフやリーダーたちと一緒に、風通しの良いチームをつくっていきたいと。途中でぶつかっても構わない。なんなら喧嘩も上等です。でも最後には必ず笑顔で握手を交わす──そんな関係性を築くことが、リーダーとしての役割だと考えています。それぞれが自分の役割を理解し、誇りを持って働ける環境。それこそが、ホテルという場の“楽しさ”につながるのだと思います。文章・編集:田中幹人写真:田中幹人