宿泊施設で働くなかで、ゲストからのレビューに「過剰なサービスだった」あるいは「サービスが足りなかった」とコメントをいただいた経験はありませんか?この問題は、サービス内容そのものが悪かったのではなく、目の前のゲストが求めているものと、実際に提供したものとの間にギャップが生じたことによって起こる場合が多いのです。実際、私自身も現場に立ちながら、「丁寧に案内したつもりが、ゲストにとっては煩わしかった」「逆に、もう少し提案してあげればよかった」という場面に何度も直面してきました。今回の記事では、二極化するゲストニーズとは何か、どのように見極めればいいのかを、私の現場経験と学術的な研究知見をもとに解説していきます。読んでいただきたいのは、小規模ホテル、旅館、ゲストハウスなど、現場で直接ゲストと向き合う宿泊施設のスタッフ・マネージャーの皆さんです。なぜ「過剰」「不足」が起きるのか?サービスに対する満足・不満足は、絶対的な基準で決まるものではありません。「その人が何を期待しているか」という相対的な基準によって左右されるものです。つまり、同じサービスを提供しても、あるゲストには「ちょうどいい」と感じられ、別のゲストには「多すぎる」「少なすぎる」と感じられる。ここで重要なのは、現代の宿泊業界において、ゲストのニーズが明確に二極化しているという現実です。二極化するゲストのニーズとは?二極化するゲストのニーズは以下の二つです。①シンプル・プライベート志向最小限の接触で静かに自分の時間を楽しみたいチェックインも無人・簡素でいい食事もセルフスタイル歓迎②ホスピタリティ重視志向もっと積極的に提案してほしいスタッフとのやり取りを旅の思い出にしたい「気づかれないニーズ」にまで応えてほしいこの二つの層は、たとえ同じ施設を利用していても同時に存在します。ビジネスホテルだから、ラグジュアリーホテルだから、という区別はできません。宿のスタイルや価格帯によって傾向はあるかもしれませんが、きっぱりと分かれているわけではないと理解してください。さらに、コロナ禍を経た現在、「干渉されたくない層」と「もっと丁寧に関わってほしい層」の差は以前より明確に広がっています。たとえば、チェックイン時に館内の案内をしていても以下のようなゲストがいます。なるべく早く部屋に入りたいゲスト館内設備や周辺観光まで積極的に質問していただけるゲストシンプル・プライベート志向のゲストに周辺スポットを紹介すると負担になり、ホスピタリティ重視のゲストに館内案内用紙だけを渡すと「冷たい」と感じられてしまう。同じオペレーションでも、ゲストの期待によって真逆の評価が下る。これが「過剰」「不足」問題の本質です。ゲストの見極め力を高めるでは、どうすればいいのでしょうか。答えは、「目の前のゲストを観察し、仮説を立て、サービスを適応させる力」を磨くことにあります。私はこれを、「観察 → 仮説 → 適応」プロセスと呼んでいます。【 プロセス詳細 】観察する - 表情、態度、服装、持ち物、同行者との会話を注意深く観察する仮説を立てる - 「静かに過ごしたいタイプかも」 - 「コミュニケーションを楽しみたいタイプかも」 と小さな仮説を持つ適応する - 仮説に応じて案内のボリュームや話しかけ方を調整する最も重要なのは、最初の「観察する」という段階です。なぜなら、観察を通じてしか、ゲストの言葉にならない望みを知る・理解することができないからです。【 ゲストを見極める観察ポイント例 】観察項目ポイント表情笑顔が多いか、無表情か返答スタイル積極的に話すか、短く済ませたがるか荷物・同行者ビジネス利用か観光かの推測滞在スタイル連泊か1泊かたとえば、「無表情で返事が早い」=「早く部屋に入りたい」という仮説を立てられれば、その後の案内の量や接し方を自然に調整できます。この「観察 → 仮説 → 適応」のプロセスを全てのゲストとのコミュニケーションで行うのが重要です。なぜ「目の前のゲストに応じた対応」が必要なのか?このアプローチは、現場経験だけではなく、学術的にも裏付けられています。SERVQUAL理論SERVQUALモデル(Parasuramanら, 1988)では、この5つの次元でサービス品質が評価されます。有形性(施設・設備)信頼性(確実なサービス)応答性(迅速な対応)保証性(スタッフへの信頼感)共感性(ゲストごとの寄り添い)この中でも、共感性(Empathy)と応答性(Responsiveness)は、目の前のゲストごとに適応する力=サービス品質を左右する要素として非常に重要視されています。つまり、ゲスト一人ひとりのニーズを理解し、それに応じた柔軟な対応をするということ。 マニュアル通りの一律サービスではなく、その場その場で「適切なサービスの量と質」を調整できることこそが、サービス品質を高めるカギだとされているのです。エフォートレス・エクスペリエンス理論エフォートレス・エクスペリエンス理論(Dixonら, 2010)では、「期待を超えるサービス」よりも、「ゲストに余計な努力をさせないこと」が満足度に直結するとされています。特に、静かに過ごしたいゲストにとっては、過剰な声かけや提案が「断るストレス」=Effortになってしまうこともあるのです。そのため、ゲストの志向を見極めて干渉をコントロールすることは、サービス品質を高めるために不可欠な対応だと言えるでしょう。まとめ「過剰だった」「不足だった」というレビューは、あなたの努力を否定するものではありません。必要なのは、目の前のゲストに意識を向け、観察し、仮説を立て、適応する力。今日からできる一歩として、最初の30秒でゲストを観察する小さな仮説を持つ仮説に応じて接客を微調整するこれを意識してみてください。完璧を目指す必要はありません。(というより完璧なんかありません)目の前の一人ひとりに向き合う、その小さな意識こそが、本当に「サービスの質」を高める第一歩になると、私は信じています。小規模ホテルの運営をさらに学びたい方はこちらの記事をどうぞ。参考文献1. サービス品質理論(SERVQUALモデル)Parasuraman, A., Zeithaml, V.A., Berry, L.L. (1988)"SERVQUAL: A multiple-item scale for measuring consumer perceptions of service quality."Journal of Retailing, 64(1), 12–40.(サービス品質を5次元(有形性・信頼性・応答性・保証性・共感性)で測定するモデル。特に共感性と応答性が重要とされる。)2. エフォートレス・エクスペリエンス理論Dixon, M., Freeman, K., Toman, N. (2010)The Effortless Experience: Conquering the New Battleground for Customer Loyalty.Penguin Group.(顧客満足を高めるには「期待を超えるサービス」より「手間をかけさせないこと」が重要であると示した理論。