島根県隠岐郡、海士町(あまちょう)。東京から飛行機とフェリーで約5時間で行ける離島です。人口が約2200人の小さな島に、全国から毎年150人前後が移住し、島民の75%が幸福(全国平均55%)と答えています。島民も移住を快く受け入れ、新たな人との出会いを楽しんでいます。『Entô』は、そんな海士町にあるジオパークの宿泊拠点施設。代表の青山敦士さんに、歴史と多様性が交差する島や自分に向き合える空間、キャリアを複数経験できる仕組みについてお伺いしました。矛盾する2つの側面を持つ島──まず島の特徴をお伺いしてもいいですか。隠岐諸島には有人島が四つあります。島前に三つの島と島後に大きな島が一つあって、島前のうちの一つが海士町なんです。それぞれ似てる雰囲気がありつつも地質的に違っていて、それによって風土や文化が全く違う。その中でもこの海士町は離島には珍しいぐらい大量の水が湧いてるので、田んぼがあって魚も取れて、自給自足が可能だった。そういった歴史背景から貴族の方が島流しにあわれて、いろんな文化が混ざっている。昔から外の文化を受け入れつつ、自給自足や自立もできるみたいな、この矛盾する両面があるのが島の素晴らしいところだなって思っています。また、20年ぐらい前から街づくりの文脈でいろんな取り組みをやっていて、より多様な人達が来るようになりました。多様さを受け入れるだけの器が地元の方々にあるので、小さな島なのに多様性がある。変わらない部分と変わり続ける部分とがあるのは面白いなと思います。──島を歩いた時に、島民の方がみなさん心地よく挨拶してくれて「なんでこんなに歓迎してくれるのかな」と思ってました。そういう歴史的な背景があったんですね。歴史的な背景と、近代の移住者がたくさん増えて移住が当たり前になったことの両面があると思いますね。──隠岐諸島はユネスコの『ジオパーク』に認定されているとのことですが、これはどういったものなんですか?同じユネスコでも、『世界遺産』は価値ある貴重なモノを触らずに保全しようという考え方で、それに対して『ジオパーク』は価値あるものを活用しながら次世代に残していこうという考え方です。隠岐諸島は火山で生まれたカルデラが内輪になっている場所で、三つある島はもともと地続きの外輪山です。海を隔てていることや湧水の有無などによって、何千年何万年経つと全く違う文化を形成していく。また生物の多様性も非常にあって、南方植物の北限であったり、昔の大陸との繋がりでなぜか高山植物が生えていたりする。世界のジオパークの中でも特に隠岐が着目されている部分は、地質的な部分や生物の多様性、さらにそれを生かしている風土や人の営みについてです。──どんな営みがあって、それをどう活かしているんでしょうか?例えば歴史的に放牧と畑を繰り返す輪栽式の農業があって、今はそれをツーリズムや畜産業に生かしています。そういった時代とともに変わる活用の仕方や文化の違いが、小さなエリアでアイランドホッピングをすると見えてくるんです。──面白いです、観光の楽しみ方が変わりそうですね。なぜ自己に向き合えるのか──そうした島の特徴がある上で、Entôさんはどんな施設なんでしょうか?Entôがある海士町はもともと交流が盛んな島で、毎日のように面白い人達が来て地元の人達と食べて飲んで盛り上がっています。Entôでは滞在中のオンとオフをはっきりとさせて、そうした街や人との交流を静寂の中で自分の中に落とし込んだり、大自然の中で一人の人間としてのあり方や自然との繋がり方を見つめ直すような滞在を提供できたらと思っています。──実際に宿泊してみて、自分に立ち返れるのを本当に感じました。ただ、それがなぜここで起きるのか。良い景色とゆったりと過ごせる施設だけでは、これは起こらないと思っています。うーん…… 逆になんでだと思いますか?(笑)──なんでですかね(笑)一般的な観光地だと、作られた自然や見てもらいたい景色を「見る」と思うんですけど、ここは剥き出しの自然の真ん中に「入る」感覚がある。自然を見ていない時間がないので、仕事のことや悩みを忘れ去れて、思考が自己に向いていったような気がします。Entôにいても自然の中に入っている感覚はずっとあって、個人的には鳥肌が立つくらいすごい体験でした。嬉しいです。僕らがオープン時から大切にしている言葉が「Honest(オネスト)」と「Seamless(シームレス)」。「Honest」は、スタッフのあり方にしてもハードの考え方にしても、過度でもなく華美でもない方がいい。ありのままの状態でありのままのゲストに向き合ってもらいたいんです。もう一つの「Seamless」は、ホスピタリティ産業ではあるものの、する側とされる側の溝があまりにも深いとそのモードになってしまうし、観光客と地元の人の溝が深いとそのロール(役割)になってしまう。そういった様々なロールをいかに取っ払らえるかを意識して、ハードもソフトも設計しています。なのでシームレスに自然の中に「入る」という感覚は嬉しいです。──それを聞くと、最初の接客からシームレスな体験がスタートしていたんだとわかります。接客ではどんなことを意識しているのでしょうか?言葉遣いにしても身だしなみにしても、不快な思いをさせるような在り方は当然しないけれど、逆に言葉遣いやホスピタリティが過度になり過ぎないようには意識しています。「ホテルだからこうあるべき」っていう考えは一度疑ってみる。──以前の記事で、「再訪動機は“人”が多いので、人のサービス向上に集中している」と書かれているのを見ました。マインドだけでなく、設計としてはどんなことを考えていますか。リピートの理由って本当は人だし海士町の魅力も人だと思ってるんですけど、魅力は何って聞かれると「人」って答えがちで、それは思考停止なのでやめようと社内でもよく話しています。人なら人で「どんな人の、何がよかったのか」まで解像度を上げないといけない。例えばホスピタリティの良さや知識をたくさん語れることよりも、一緒に旅をすることの方が重要な局面はたくさんあると思っています。ゲストが一人で島を歩くよりも、私と一緒に歩くことで偶発的な出会いがいっぱい作れるはず。地域の暮らしの中に入れたり、垣間見えるみたいな、そういうものをいかに偶発的にデザインするかが重要だと思っています。──そういうところでも「体験する」より「島に入る」みたいな、シームレスな感覚が必要になる。そうだと思います。それを体験として切り売りしちゃうとチープになるので、そうじゃない形の設計が重要です。豊かさとは、何を残すか。──Entôさんは、一度泊まって終わりじゃなくて繋がりが続くのも特徴かと思います。宿泊後の繋がり方や、繋がりたくなる仕掛けがあればお伺いしたいです。Entô単体で言うとメルマガやSNSを通じて繋がっていて、何度もリピートしてくださる方も多くいます。ただEntôのファンというよりは、海士町や隠岐のファンになっていただけるか、もっと広いところでジオパークに繋げていけるかが我々のミッションだと思っています。そういう意味では町が運営している公式LINEやふるさと納税など、地域のコミュニティにいかに繋げていけるかを考えています。──町を好きになってもらうために、何かやっていることはありますか?私たちは「ホテルEntô」とか「Entôホテル」とは名乗らずに、ジオパークの泊まれる拠点施設という表現をしています。ジオパークの拠点として、たまたま泊まれる機能がある。なのでスタッフが旅の相談を受けた時に、海士町に限らず隠岐四島に飛び出してもらうような導線や、アクティビティの紹介は意識してプランニングをしています。──島全体を好きになってもらうんですね。隠岐を好きになってもらって、最終的にどんな状態がゴールなんですか?もともと私が島の観光協会にいた時に、観光政策として「島を繁盛させる」って言葉を策定しました。その思いは、一つは経済からは逃げないこと。経済なく綺麗ごとだけを言ってもしょうがないので、経済的にしっかりと繁盛したい。もう一つは、人やコトがしっかりと賑わってる意味での繁盛です。また、Entôを運営する株式会社海士としては、「旅をきっかけに、豊かさを巡らせる。」というミッションを定めています。そのためにもう1段、旅をすればするほどに経済的な豊かさ、社会的な豊かさ、環境的な豊かさを循環させていきたい。それはこの島の中もそうだし、島外の豊かさも循環させていきたいんです。──Entôに宿泊することを通して、いろんな人がいろんな豊かさを得られるんですね。そうですね。ゲストや地域が豊かさを得られるのはありつつ、豊かさが“巡る”みたいなイメージを大事にしています。──では、なぜ豊かさを巡らせるのでしょうか。ジオパークの理念とも共通しているところがあって、やっぱり私たちはこの土地が大好きだし、この土地に住んでる者として良い未来を残していきたい気持ちが強い。例えば島の中でも山の問題や海の問題があって、それを少しでも良い形で未来に残していきたいし、一方で経済もしっかりと事業体が成り立つような状態を作りたい。何を残したいかっていう意味での豊かさなのかなと思います。Entôだけに閉じないキャリアを構築──次に、働き方についてお伺いします。「ジェネラリスト」と「スペシャリスト」の2つからキャリアを選択できると伺いました。そうですね。例えば、ダイニングで料理を中心に極めていきたいメンバーもいれば、清掃をずっと専門でやってくださってる方もいる。そういった方は「スペシャリスト」として、スキルをより深めていきます。もう一方で、いろんなことやってみたいという希望で島に来られる若い方も多いですし、自分に何が向いてるのか模索している方もいます。「ジェネラリスト」として、フロントや清掃や料理をやりながら、時には人事をやったりマーケティングをやったりと、現場とバックオフィスを行き来して視点をずらしてみる。さらにマネージャー陣の中には、うちの事業を見ながら地域で別会社を経営してる方もいます。地域にとって必要なことはまだまだあるので、Entôだけで閉じずにいろんな役回りを引き受けて多面的に役割を持つ。そうすることで、自分に向いているところが見えてきたり、自分の事業に活かせることもたくさんあります。業務を複数持ってもらう場合もあれば、副業でやってもらう場合もあります。──宿泊業界としてもキャリアの問題があるので、良い取り組みですね。私自身も観光でキャリアを始めて、不安だったんですよね。自分に力がついてるのかとか、どんな職業や職種があるのかわからなかった。島の観光協会の職員をやりながら、宿のブランディングの手伝いをしたり、旅行会社や洗濯の会社も作りました。起業や事業継承を通して、島にいながらいろんなキャリアを踏めたのは本当にありがたかった。それに近いことは、この会社に居ながら実現していきたいなと思っています。──内側の繋がりも継続できているのは、良い会社だからなんだろうなと思います。良い面をたくさんお伺いしましたが、逆に課題はありますか?ブランド全体のリニューアルオープンをしてから、会社の基盤自体について試行錯誤を続けてきました。社内におけるルール化や仕組み化はトライ&エラーを繰り返しています。──長期的なキャリアを育成する上で、他にも考えていることはありますか?ジオパークの拠点施設として、ジオツーリズムを生かしたキャリアを作っていきたいと思っています。例えばダイニングでも、純粋に料理を極めていくだけでなく、この土地にあった食材や生かし方をラボ的に探求していくダイニングでありたい。フロントやガイドも、ホスピタリティの高さを世の中のホテルと競争するんじゃなくて、引き出しとしてジオパークの面白さや魅力がにじみ出てくるような人材像を育てていきたいと思っています。──ラボ的っていうのは、研究職的な深い知識を持った上で、接客もできるイメージですか?そうです。全員が全員そうなるべきじゃないかもしれないけど、この土地への深い理解や知識と、それを伝えたい気持ちが前提にある方で、その表現の仕方としてフロントやダイニングがあるのかもしれない。島のコミュニティが幸福度を高める──魅力を伝えたいという話に通ずるんですけど、スタッフの方と焚き火を囲んだ時に、Entôや海士町のことが心から好きなのが伝わってきました。なぜみなさんこんなにも島が好きなんですかね?採用の時点では、応募の動機としてこの土地やここでの暮らしに対してしっかりと興味を持って来てくださる方が多いです。なので1人のスタッフの前に、1人の住民であるってことが大事なんだと思います。そこへの満足度や誇りがあれば、サービスにも滲み出てくる。──島全体でも、島暮らしの満足度が上がる取り組みをしていると伺いました。 個人的に面白いなと思ってるのは、数年前から島民に対して幸福度調査を行なっています。幸福度の高いブータン王国に行って学んできたものを、町に活かしている。幸福度の推移から要因を探って、改善しているんです。その中でコミュニティの強さが大事だよねってことは、ほぼ全員が認識をしています。ご近所付き合いもそうですし、街のいろんな行事ごとや地区のお祭りに参加して、貢献したり感謝することが自らの幸福につながる。政策としてあるものもあれば無いものもありますが、コミュニティを大切にしていますね。──とても面白いですね。採用では土地に対する興味が大切と伺いましたが、他に見ているところはありますか?会社では「旅をきっかけに、豊かさを巡らせる。」というミッションを大切にしているので、そういった世界観やゴールへの共感は大事にしています。ホテルの経営やオペレーションだけに興味があると、この土地で暮らしていく中で生活者として難しくなってしまう。ただ面接もこれまでの話と同じで、面接する側とされる側ではないと思っています。お互いに仲間探しのタイミングが合い、人と人として合うかどうか。自分の言葉でありのままを出してもらえているのか、こちらとしてもさらけ出した上で選んでもらえるかどうかですね。──具体的なスキルで言うと、どんな方に応募してもらいたいですか?新しいキャリアとしてラボ的なダイニングの在り方は見出していきたいので、この土地の食材を最高に生かし切って、料理を提供・探求したい方。あとは、課題の部分でお伝えした会社基盤の問題に対して事業をまとめたり、宿泊業における新しい働き方をしてみたい、という方に来てもらえると嬉しいです。この状況において、この土地に根差しながら、中長期的な視点で会社の知見を積み重ねていく基盤や人材はまだまだ厚くしていきたいところです。──事業をまとめていくマネジメントはありつつ、今後事業を創っていくマネジメントもありますか?そうですね。仕組み化ができてない部分を整えて改善していく方向性と、新規事業やジオツーリズムをより世界へ広げていく2軸があります。今後2年ぐらいで、隠岐のジオツーリズムの確立を目指しています。その中で宿泊を整えることと、宿泊に付随する飲食や交通、アクティビティなどを地域の事業者と一緒に作っていくのをやり切りたいと思っています。──心から楽しみにしています。ありがとうございました。文章・編集:田中拓海写真:田中拓海hoteltree(ホテルツリー)は、働きたいホテルが見つかる求人サイトです。宿泊業界の離職率は約30%。入社する理由と、続けられる理由は異なると考えています。続けられる理由まで考え、ホテル業界の取り組みや支配人の想いを紹介していきます。ミスマッチを減らすことを目的に、誠実なホテルと宿泊業を志す人々、それぞれに真摯に向き合っていきます。