あなたは、ホテルや旅館が客室数を増やしながら、単価を上げつつ、サービスの品質も同時に向上させられると思いますか?先日おすすめいただいた本で興味深かったのは、「高単価・高品質=少ない客室数」という一般的な考えではなく、部屋数を増やしながら客単価を上げ、サービスの質も高めていったという点でした。どのようにしてそれを実現したのか。今回は、私自身の経験も踏まえながら、本から学んだことを整理してみたいと思います。著者は『食べるお宿 浜の湯』を経営する鈴木良成さん。祖父は船乗りで、地元に湧いた温泉を利用して住民のための銭湯「浜の湯」を開業。先代である父がその2階に食堂を設け、釣り人向けの釣り宿として客室3室、1泊1,800円の簡易宿からスタートしました。その後、現在の海沿いの地に移転し、客室数を少しずつ増やしながら規模を拡大。現在は約50室を有し、2022年度の稼働率は90%以上、売上高は約15億1,000万円、経常利益は2億6,000万円。つまり、経常利益率は約17.2%!参考までに日本旅館協会の「令和4年度 営業状況等統計調査」では旅館全体の経常利益率は7.9%。その差を見れば、浜の湯の圧倒的な強さがわかります。通常、利益率を高めるには人件費や原価を抑える方向に進みがちです。部屋食よりレストラン食、少ない人手で多くをさばくのが定石。しかし浜の湯は真逆でした。部屋食を貫き、しかも一品ずつ提供する形式。仲居さんは最初から最後まで1組を担当する「完全担当制」を採用しています。すべてを真似できるわけではありませんが、宿運営に役立つヒントは多くあります。今回は、私が特に印象的だと思った4つのポイントを紹介します。1.サービスの質は少しづつ良くしていく浜の湯の部屋食・一品出し・完全担当制は、最初からできていたわけではありません。個人客向けにシフトしていく中で、少しずつサービスの質を上げていったのです。流れを整理するとこうなります。浜の湯も以前は、団体客の予約を多く受けていました。私も旅館での団体客対応の経験はありますが、一人一人のお客様にフォーカスして接客をすることは困難です。「〇〇団体様」のような一括りのお客様になってしまうのが現実です。浜の湯は部屋食一品出しにするにあたって段階的にサービスを整えていきました。食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用この「少しずつ改善していくスタイル」には私も賛成です。一度にすべてを変えると現場が混乱しますし、お客様の満足度も安定しません。理想は、現場が無理なく変化でき、結果的にお客様の喜びに繋がる改善です。私がオペレーション改善を考えるときは、いつもこの3つを軸にしています。スタッフが楽になるだけでは、サービスはどんどん最低限になっていきます。お客様が嬉しいだけではスタッフは疲弊していきます。利益に良い影響がなければその施策は継続性がありません。この3点を全て兼ね備えるのは簡単ではありませんが、だからこそ実現すると運営・経営のインパクトが大きい。浜の湯の部屋食一品出しに関しては、当初はスタッフの負担があったかと思いますが、慣れていくと仲居さんもお客様に接客を集中できる。お客様もかゆい所に手が届くサービスで嬉しい。会社としてもサービスに特色が出て主客力が向上する。といった状態になったと思います。2.接客スタイルは「人によって」変えていいこのラインより上のエリアが無料で表示されます。私は休日によく映画館に行くのですが、その近くにスターバックスが二店舗あります。一つの店舗は、必ずお会計の時に話しかけられます。どのスタッフでも声掛けがあるのは一見良いことのように思いますが、必ず声掛けがあるので”作られたもの”に感じてしまいます。本来はお客様の居心地を良くするための声掛けが、「声をかけること自体」が目的になってしまっているのです。お客様は皆、それぞれ違います。スタッフも同じく、話すのが得意な人もいれば、静かに丁寧な接客が得意な人もいる。一律のマニュアルでは、どちらにも無理が生じます。結果的に、私はその“声掛け義務”のある店舗には行かなくなりました。もう一方が特別良いわけではないのですが、違和感のない方を選ぶという消去法的な感覚です。浜の湯の接客は、仲居がお客様一人ひとりと向き合い、最善を考えるスタイル。浜の湯では、仲居さんが目の前のお客様一人ひとりと向き合い最善が何かを考えた上で、各人のスタイルで接客をするとのことです。食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用例えば、文章が得意な仲居はメッセージカードで想いを伝え、話すのが得意な仲居は会話を重視する。ギターで歌う人もいれば、カメラで思い出を残す人もいる。それぞれの特技を生かした接客が許されているのです。こうした「自分らしい接客」は自然体の魅力が伝わります。私自身、接客で最も大事なのは「観察」だと思っています。お客様が何を求めているのか、どんな距離感を好むのか。別の記事で詳しく書きましたが、お客様は二極化しています。個人主義なのか、つながり主義なのかまずはそこから始まり、必要なアクションを考えていくことが重要です。まず観察して仮説を立て、そこから最適な行動を選ぶ。ホテルや旅館のサービスは減点方式です。まずは「期待を下回らないこと」。そのうえで、個々に合わせた一歩を積み重ねていくのが理想です。3.採用では「スクリーニング」を徹底する個人客向けのシフトに合わせ、浜の湯はパーソナルサービス強化を掲げました。そしてそのためには、四年制大学の新卒採用が必要だと考えたそうです。この点には賛否があると思いますが、要は「やる気のある優秀な人に来てほしい」ということ。地方旅館にいる私には、その感覚がよく分かります。採用も最初からうまくいったわけではなく、試行錯誤の末に成果を上げています。中でも印象的だったのは、選考プロセスです。ここまで丁寧に行う旅館は稀です。一次選考の交通費は支給しないというのもやる気がある人しか来ないでしょう。これにより「浜の湯で働くとはどういうことか」を入社前にしっかり理解できる。宿泊業界の離職率の高さは、会社と働き手のミスマッチが大きな要因です。私がこの「hoteltree」というメディアを運営しているのも、このミスマッチを減らしたいからです。「なんとなく働きたい」ではなく、「浜の湯だから働きたい」人を採用する。それが、高単価に見合う品質を支える原動力になっているのだと思います。4.顧客情報は「細やかさ」が命浜の湯では「顧客カルテ」と呼ばれる顧客情報を集める仕組みをとっています。私が働いている旅館でも毎月のように定期的にいらっしゃるお客様がいてその方の情報は蓄積されていきますが、浜の湯の顧客カルテは収集する情報が細かくて驚きました。下記がその例です。(表記の仕方は一部省略しています)食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用食べるお宿 浜の湯 おもてなしの神髄より引用完全担当制だからこそ実現できる精度ですが、リピーター対応など一部では真似できる部分も多い。ここまで解像度の高い情報をもとに接客できれば、担当が変わってもサービス品質は維持されます。属人的と思われがちな完全担当制も、情報共有の仕組み次第で再現性を持たせられる。ここにも、浜の湯の強さの理由があると感じました。「部屋数を増やしながら、単価もサービスも上げる」。それを実現するには、派手な戦略ではなく、地道な改善・観察・共有の積み重ねが必要です。浜の湯の実践から学べるのは、“理想は急がずに積み上げること”そして、現場とお客様の両方が幸せになるオペレーションを追求すること。この本を読みながら、自分の宿でもまだ伸ばせる余地がたくさんあると感じました。